生きた証を得るために

第二の人生での再自立をテーマにブログを書くことにしました。何ができて何が成し遂げられずに残っているか、人生の総決算を書き出して新たな自分を作りたい。

2026-02-01から1ヶ月間の記事一覧

日本に生まれて良かった

何かが心の中で変化したのは事実であるか、先ほどから点検するように自分の心に耳を澄ませていた。その何かの動きの原因は今読んでいる「ヒルビリーエレジー」にありそうだとまず気づいた。バンスの生い立ちや家族環境は決して恵まれたものとは言えなかった…

読書三昧を超えて

定年後は読書三昧とぼくは若い頃から決めていたように思う。趣味に生きることが許される人生の余分を妻と二人でのんびり過ごせられれば言うことがない、というのが70歳代の大方の過ごし方だろう。ぼくの場合もその枠内にはいると思う。源氏物語を読書仲間と…

去年の今ごろ書いたブログ_芸術は人生以上のもの

ぼくは71歳。何を今達成したいと思っているか。何を解決したいと思っているのか。そう問いかけてみることで、少しは現実に何かがあると思えてくる。既に通り過ぎて見えなくなっているけれど、問いかけによって蘇ることがあると思える。昨日月例の読書会があ…

定年退職後3年たったころ書いたブログ

現在のぼくが第二の人生を始めるといいながら、どう生きるのか明確でなく、具体的でなく、自信がありませんでした。それは生き方の軸が26歳の頃からまだ変革されずに来ていることを意味しています。本を読んだり小説を書くと言ってみても、目的を訊かれると…

1976年の挫折とジョニ・ミッチェル

1976年ジョニ・ミッチェルのこの曲を聴いていた 外は吹雪いていたが、部屋は暖かで静かにこの曲が流れていた この時までにぼくは多くのものを捨ててきた 一番大事なものも捨ててきてしまった こころがとてつもなく寒かった ジョニ・ミッチェルの寂しい歌声に…

定年後すぐの読書会のころ

高校の同級生で気のあった友達と読書会をやることにした。いざ街のコーヒー専門(500円以上する)喫茶店で始めて見ると、やや失望感が漂い始めた。彼の小説の読み方と私のでは当然のことながら違いが現れてくる。 客観的と主観的とでもいおうか、彼にとって…

変化が静かに起こっている

何かが変化している。小さな変化だがこれから大きく変化して行きそうな気配のある変化だ。環境、世界、国柄、アイデンティティ、優先順位、etc 小さな微妙な変化だがそれが際限なく広がるイメージがする。世代差で起こっている価値観の変化に現れている。政…

定年後の fragile matter

現実に自分を知る者のいない空間に向けてこのただ何の目論みもなく書くことが、することもない日常にほんの僅かな活動感をもたらす。素性を表すことに意味がないという無情でフラットで自由な無関係が何処となく好ましい。単なる言葉遊びか、そうでもないか…

竹久夢二講演会のお知らせ

今年は10月23日から東京国立近代美術館で「竹久夢二 時代を創る表現者」展があり、巡回されることから竹久夢二ブームが再燃するかもしれません。最初の奥さんのたまきさんが金沢の人だったり、2番目の彦乃さんとは金沢の湯涌温泉にしばらく逗留していたこと…

60代と70代を比べてみると

これは私の場合であって、高齢者と言われる人一般に起きてることではないかもしれない。定年退職後の人生後半に訪れる心境はどういうものか、自分が若い頃にイメージしていた老人とは全く違うことに改めて驚く。72歳の私自身でいえば、60代と70代を実際に比…

風土と面影と記憶の同質性

ああ、自分を支配する大きな物語とは何だろうと、それを考えるとどこか自分に帰るような安堵感がある。私は金沢市の小立野という街に生まれ育った。今は隣の野々市市に住んでいていつでも育った場所に行くことができる。言わば過去が身近にある。いつまでも…

考えるとはどういうことか?

何か一つのことに集中したい。職人のように繰り返される仕事のプロセスに従事したい。読書に従事しきれずに、一冊を読み終わらず他の本に移ってしまう。興味が分散しどれもこれも中途半端で終わる。「自同律の不快」は、どうしようもない人間の業なのか。こ…