久しぶりにこのブログに向かう。ほとんど誰も読まないから気が楽で、思うままに書き散らすことができる。この他に「人生二毛作_定年後の生き方」というブログも書いているが、そこは昨日からアクセス数が増えてきた。1か0の日が続いていたが昨日急に20を越えた。もうこうなると誰かが読んでいる状態になって、気ままというわけにはいかなくなる。アクセス数を増やすことに意識が向いてしまう。それが張りあいになってまた読まれることを目指して書くようになるだろう。それは仕方がない。それが気にならないほどぼくは超人ではない。
さて今気になっているのは、読書会で毎年恒例の文学散歩のことだ。今年は、時代小説で地元石川の南加賀が舞台の「魂の沃野」を読み、加賀一向宗の里の一つ鳥越村の歴史館を訪れることになっている。日程も決まって10月15日で、会員の都合をわざわざ訊いて決めている。残っているのは鳥越村の一向宗に詳しい現地のガイドさんを手配することだ。調べて問い合わせの電話をすればいいだけなのだが、ここで拘ってしまうところがぼくにある。どうガイドさんにお願いすれば、身を入れて引き受けてくれるかを考えてしまう。ただ、事務的にガイドされても面白くない。こちらは直木賞作家北方謙三の時代小説を読み、我が故郷の中世に興味を抱いているのだから、それなりに応えてほしいのだ。
やはり加賀一向宗といえば、当時の守護職冨樫氏を権力の座から引き下ろして農民と地侍の代表で国を100年くらい運営してきたという、歴史的事実である。まずはその100年間、当地の生の日常はどうだったのか、その間の一揆の発生はなかったのか、名目上の守護である冨樫氏とはどういう関係を続けたのか、つまり平穏な治世下の日常の姿を知りたいと思う。それは多分一向一揆歴史館の方に資料があるだろう。
最後は織田信長軍に敗れるのだが、それは武力によって壊滅させられるしかなかったのだろうか?何とか延命する道はなかったのだろうか?

それにしても蓮如を始めとする浄土真宗の力は、武力を備える現世的な運営力を持ち得たのだろうか?仏敵としてしまえば、命をかけて武士をも敵に回す支配力があったのだ。日本に中世という時代区分があり、誰もが武装する時代があって多くの民が死んでいった歴史が、今自分たちが住んでいる同じ土地にかつてあったことに新鮮な驚きを感じる。