生きた証を得るために

第二の人生での再自立をテーマにブログを書くことにしました。何ができて何が成し遂げられずに残っているか、人生の総決算を書き出して新たな自分を作りたい。

「白い犬とブランコ」読書会 1

今度の日曜日、金沢のこども図書館で、県の読連協の「本を読む仲間の集い」がある。私は3グループの一つの読書会の「助言者」という資格で参加する。課題図書は中国の現代作家莫言の「白い犬とブランコ」である。選書が私なので「助言者」役を引き受けざるを得なかった。この読連協という昔から地域に根ざした読書会としては、珍しい選書になる。その時々の話題書か馴染みの日本の作家の短編が選ばれている中で、海外でそれも中国の作家を読む会員はおそらくいないと思われる。

私が莫言を知ったのは、ノーベル文学賞を中国で初めて取ったというニュースを知ってではない。2012年受賞だから、村上春樹が受賞するかもしれないと何回めかの話題に登っていた頃だ。その頃私は中国に興味がなかった。魯迅ぐらいしか知らなかった。民主活動家の劉暁波は、ノーベル平和賞に選ばれたが、中国政府によって勾留中のまま死亡している。

莫言を知ったのは、「世界文学アンソロジー」という本が読書会向きの短編集で、読書会のメンバーの承認を得て購入した中に入っていたからだ。莫言自身は長編作家だが、ここで取り上げる「白い犬とブランコ」は自選短編集に入っているほどの、お気に入りの作品だ。後で知ったことだが影響を受けた作家にロマン・ロランガルシア・マルケスがあげられていた。どちらも私の好きな作家であることから、莫言の世界との相性はいいと感じられた。

簡単に作品を紹介してみる。時は1980年代で鄧小平の改革・開放路線で急成長を見せているころ、舞台は山東省高蜜県東北郷という村である。主人公の「私」は29歳、ヒロインの「暖」(ヌワン)は27歳。二人は幼馴染で、10年前解放軍が村の石橋を通る時に音楽で接待した仲だ。10年前の1970年代は毛沢東文化大革命中で都市から農村への強制移動がなされた。習近平は地方の貧農村に飛ばされている。莫言自身も小学校を中退させられている。(後に解放軍に入隊して出世しているが)

その石橋に、県都の専門学校教師をしている「私」は多分夏休みを利用してか、10年ぶりに里帰りする途中で一休みしているところから小説は始まる。そこへ白犬が体を覆い尽くすほどのコーリャンの葉の束を担いだ若い農婦を連れて来る。それは変わり果てた「暖」だった。10年ぶりで再会した二人はお互いの変貌ぶりに驚く。「暖」は「私」に「あんたは最上流の人じゃない、大学の講師さまなんでしょ!」となじる。「私」は都会に出て出世し、「暖」は啞の「王家丘子」に嫁入りし三つ子を産む。「暖」は若い頃は首都の女優も見劣りするほどの美人だったが、「私」が誘ったブランコで綱が切れ槐(はりえんじゅ)の木に飛んでいき、棘が右目に刺さって失明する。めっかち女には啞の男がお似合いと自嘲する。(続く)