定年後のぼくの夢は、自分を耕す精神的な土壌を持つことだ。リアルな土壌とは畑でさまざまな野菜を育てて収穫することだが、精神的な土壌とはこころの中の言語空間のことで、詩や小説やエッセーなどの文芸世界のことになりそうだ。言語とは何かを知らなくても、道具として自分が自由に使えるようになっていればそこがこころの「畑」になるのだ。その「畑」をせっせと耕すことに専念したい。
最近、学生の頃に購入して本棚に眠り続けていた本を取り出して読んでいる。その中の1冊が、清岡卓行の「抒情の前線」という現代詩人の紹介の本である。出版は1970年で新潮選書に収まっている。そこで取り上げられている現代詩人は10人で既に故人となられている方もいる。ちょうど大学1年の時に、詩に親しんでみようと思潮社版新選現代詩文庫から数冊買って読もうとしていた。山本太郎という詩人以外は難しくてあまり馴染めなかった。谷川雁はリスペクトの対象で有り難がって読んでいた。
「抒情の前線」で紹介されていた詩人は、吉野弘/黒田三郎/谷川俊太郎/那珂太郎/富岡多恵子/石垣りん/大岡信/吉岡実/飯島耕一/吉本隆明の十人である。現在は石垣りんの途中まで読んだが、解説文が的確で詩と詩人の本質が理解できて、ようやくぼくも現代詩に入門できそうな気がした。ちょうど加藤尚武の「ヘーゲル精神現象学入門」を読んで、少しはヘーゲルが理解できたように収穫があった。
