生きた証を得るために

第二の人生での再自立をテーマにブログを書くことにしました。何ができて何が成し遂げられずに残っているか、人生の総決算を書き出して新たな自分を作りたい。

三無主義からの脱却

テレビで大阪人の明るい応答や中学高校の吹奏部の元気な生徒を見ている時に、われわれの高校時代は無気力・無感動・無関心の三無主義だったと、妻と話し合っていた。時代が断絶しているのを実感した。もちろん今の時代が健康でわれわれの過去の時代が不健康なのは間違いないだろう。

だがしかし本当はどうなのだろうか。昔の方がゆとりがあって精神的には楽だったような確かな実感がある。今の方が競争が激しく、自分が置いていかれないか不安なのではないかという気がする。昔はそうそう落ちこぼれなかった。落ちこぼれにも余裕があった。自分の道を行く気概があったと思う。「青年は荒野を目指す」時代だった。自分で道を切り拓くという大義があった。今はしっかり道は作られていて、その中で1位を目指すのが唯一の道なのだろう。大谷翔平みたいになれればいいが、なれなければ別の道は日が永遠に当たらないような世界なのではないだろうか?多様性と言いながら、底辺には日が当たらないのではないだろうか?

それはともかく、われわれの今は過去の三無主義からの脱却をしなければならない。大義の書き換えが必要だ。それは地域に根ざした国際化だと思える。日本が最も日本らしく国際化することが脱出する道だと思える。いわば日本らしさの普遍性に到達することだと思える。これはぼくの直感だが世界もまた日本に近づいていると思う。