生きた証を得るために

第二の人生での再自立をテーマにブログを書くことにしました。何ができて何が成し遂げられずに残っているか、人生の総決算を書き出して新たな自分を作りたい。

古都金沢の雰囲気と西洋文学趣味

昨日、爽やかな晴天の犀川沿いを歩いていたら、強ばった脳髄が次第にほぐれていくのを感じていた。五月の風を感じ新緑の草いきれの匂いを感じ川のいつもよりは多めの流れの音を感じ、無邪気な幼稚園児のはしゃぎ声を聞いていると、ここへ来てよかったと妻に声をかけた。これまで桜の咲くお花見のころに来ていたが、今年のお花見は冨樫政親と一向一揆の戦いで有名な高尾城跡の立体的な景観を楽しんだので、犀川沿いは翌月になった。

頭の緊張がほぐれると次第に学生時代の小立野の住処が思い出された。小学校から中学と大学が小立野台地にあった。高校は寺町台地にあった。兼六園から見える向かい側の台地は卯辰山台地といって、金沢は三つの台地によって起伏ある景観をそなえている。

学生時代の気ままな世間から浮いた生活が懐かしかった。勉強さえしていればよかった身分が今からするととても貴重な時期に思える。古都金沢の雰囲気は、三文豪の小説の中に記録されている。その風情というか空気感というか情緒という文化的ストックは、ユーミンをも虜にしたものだった。ぼくが犀川沿いを歩いてその時浮かんできた情緒は、若き知的な文学熱を帯びていた。「デイビット・カパーフィールド」のイングランドから「ウィルヘルムマイスターの修行時代」のドイツ、「赤と黒」のパリ、そして「ジャンクリストフ」のヨーロッパを旅していた頃は、金沢の精神的な風土の中にいた。その洋と和のギャップがぼくの趣味の原型を作ったのかもしれない。