芸術といっても文芸のことだが、文芸と人生と書いても座りがよくない。あえて芸術と書くとなんだか格調が出る。この格調は自分を高めてくれそうである。この格調に乗っかって文章を綴りたくなる。それをまたブログに上げることで何かを表現しているような気になる。しかし、これらは自己欺瞞である。ついついのぼせてしまっている。自分はただの人で社会的には無力の、ほとんど存在さえしていない人である。そんな自分を私は棚に上げない。自分のことは棚に上げて無名で無責任な、正義漢ぶった言いがかりをしたりはしない。それだけは無名な人間の矜持だ。
ところでそんな自分が目指すのは、芸樹と人生の一体化である。芸術を生活レベルで楽しんでいこうという、一種の趣味人の生活を目指している。例えば詩人だとか俳人だとか作家は社会的に認められた趣味人でプロである。私はプロになりきれない一生趣味人のままの人間だ。その辺りの事情は、竹久夢二の生き方にも現れていた。彼は立派に名前が残っているからプロといってもいいのだが、本人は職業的な詩人、作家、画家には遂にならなかった。竹久夢二の美人画は絵画的達成を意識してない。大正の時代的風情の中に埋もれることを自身に課していたと思える。
最近、室生犀星を読むようになって少しづつ生き方も知るようになったが、彼は作品も作家としての交友関係もかなり広い。晩年には自分を冠した賞も自費で作っている。自ら選者となっているから、自分で自分の影響者を増やす押し売りをしているようなものだ。自分の詩を解説して評価してくれる伊藤信吉、弟子筋の中野重治や佐多稲子、新人の富岡多恵子、実業家でもある辻井喬などに受賞させている。富岡多恵子やあの谷川俊太郎にハガキを出している。貰った方はありがたがって大事に持っていたそうだ。もう名が知れた作家なのだからそんな振る舞いも許されるのだが、それはぼくには芸術的人生のように思われる。
松尾芭蕉は、おくのほそ道で人生を「旅」と観じ、自己の生活を芸術と化した「風狂」の姿を示す紀行文を書いたという解説があった。松尾芭蕉も芸術と人生の一体化を生きた偉人である。「風狂」の精神は日本の伝統の重みがある。旅という空間に一体化の場所があると思える。全くの凡人でも旅に出て芸術家になる要素が潜んでいそうな気がする。